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雛まつりの由来について

ひな祭りの由来について 諸説ありますが
biteJAPANの説明が気に入ったので
こちらに要点を書き写します。
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中国の 旧暦3月上旬の最初の巳の日にみそぎの習慣(川に入り身体を清める)
 + 
トルコ系遊牧民の春の始まりを野山に出て祝う習慣

↓時代の経過(簡略化)
着飾った人々が水辺での飲食を楽しむだけの春の遊びへ(A.D300頃)


B.C770~B.C221の昭王皇帝が踏青(とうせい)の際に盃を川に流した
↓日本へ中国文化(5~6C)
宮中で旧暦3月3日曲水の宴(きょくすいのえん)

平安時代(794~1185)春の酒宴 日を問わず盛んに開催

①公家の子女 ままごと遊びの流行(紙人形や調度品)
小さくてかわいいものを「ひいな」→「ひいな遊び」と言った


その一方
日本では古くから 人形が災いから守ってくれると信仰
人形(ひとがた)や形代(かたしろ)の紙でできた人形(にんぎょう)で
身体をなでて けがれを移し、身代わりとして川や海に流しけがれを祓った
(撫物)なでもの

②日本独自に 這子(ほうこ)や天児(あまがつ)の習慣あった
子どもが生まれると布人形を作り、人形が病や災いから子どもを
守ってくれるようにと、枕元に飾る習慣

平安時代にお守りの布人形②が ①の紙人形に置き換わった
流し雛の行事は下火に(布は流せない)
室町時代(1338~1573)頃は 家の中に大切に飾った


江戸時代(1603~1868)曲水の宴は 撫物、這子、天児、ひいな遊び
の日本古来の習慣とあいまって 華やかな女性の祭りへと発展

1629 京都御所で 盛大に雛祭開催を機に 江戸幕府でも公式行事に。
五節供の一つとして3月3日を上巳の節供(じょうしのせっく)と定めた

春の行事は 上流階級から町民へ、大都市から地方へと広がる
特に農村では大潮と重なっていたので 磯遊びや潮干狩りを楽しむ絶好の機会に
(秋まで続く厳しい農作業の前に英気を養う大切な意味をもった)

江戸中期、元禄の頃 雛人形は宮廷の衣装の立派なものが雛壇に。
そして、女性のお祭りというだけでなく
女児の誕生を祝う初節供としても役割が加わった

明治維新を経て 一時廃止されたが今日へ
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プロフィール

・香菜・

Author:・香菜・
日常のいろんなことを
書いています。

以前は お花や ビーズ、
洋画や 韓流ドラマ、
外国料理が好きでした。

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